と し 子 の 会 (松倉とし子後援会)
★1996年6月「とし子の会」設立にあたり、ステキなメッセージを頂きました。ご紹介します。★
「みんなで楽しい会に!」
ボニージャックス
松倉さんに「後援会を作ったら」と提案したのは実はボニージャックスです。郷土愛の人一倍強い松倉さんです。山形を中心に素晴らしい文化活動をしている彼女を知る私たちはこれまで後援会がなかったことが意外だったからです。
松倉さんは基礎をしっかり身につけた人ですからオペラや歌曲を得意としていることはもちろんですが、童謡唱歌を歌えばやさしくその世界に対応できる柔軟性のある人です。「後援会なんてなんだかファンのみなさんにご負担をかけるような気がして・・・」「それじゃ『とし子の会』ならどうだろう」とボニー。
名称はどちらでも構いません。本当に必要なのは松倉とし子を愛する人たちの連絡網、つまり名簿の完備。それだけでいいのです。事務局の業務はコンサートのお知らせ、茶話会へのお誘いなどもっぱら情報の交換です。そのための名簿なのです。それがないとせっかくあんなにいい仕事をしてるのにもったいないじゃないですか。彼女も会員のみなさんとのコミュニケーションは慶事での出演や福祉施設の訪問など、できる限りの協力で応えたいと言っています。
お互いが自分のできる事を出し合って支えあう後援会、お互いに負担のない会、みんなでたのしく遊ぶ会。それが「とし子の会」です。
私たちも提案した以上責任があります。兄貴代わりとなって応援します!
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「美しい歌のために」
中田喜直
明治の初め、日本に洋楽が正式に入ってきた頃から、唱歌、歌曲、童謡などの名曲が沢山うまれました。これらの歌曲をきれいな日本語で美しく歌う人は意外と少ないのです。その少ない一人が松倉とし子さんで、彼女の歌は「十一屋」さんのサロンコンサートから始まって、演奏会、CD、放送を通して日本全国へ広がってゆきました。
今の日本では、ポップス面の歌、歌謡曲などはとても盛んですが、クラシック系の歌曲、抒情歌、童謡などはまだ弱い存在です。ですから松倉さんにもっと活躍していただきたい、と思っていましたら、強力な援護者が現れました。最近一緒に仕事をされているボニージャックスで、後援会を作ったらという提案です。勿論私も大賛成で、唱歌、歌曲、童謡、抒情歌などの歌を、もっともっと盛んにするためにも、松倉さんに頑張ってもらいたいと思っています。皆様のお力をどうぞ貸していただきたくお願い致します。
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★「とし子の会」へどうぞ 「とし子の会」事務局 木 村 陽 子★
松倉とし子後援会「とし子の会」は、とし子さんの恩師中田喜直先生とボニージャックスさんの提案で、1999年6月に発足いたしました。とし子さんの活動を支えながら、会員同士喜びを分かち合おうという会です。
中田先生が「きれいな日本語で美しく歌える稀な存在」と保証して下さったとし子さんはクラシック出身、オペラでデビューしました。けれども、長い間に培い実らせたとし子さんの真の魅力は、音楽をジャンルで区別しない「良いものは良い」という姿勢で、歌曲、抒情歌、唱歌、童謡は勿論、ポップスも歌謡曲も歌い、それら全てを見事に松倉とし子の感性で歌い上げ、何を歌っても気品を美しさを失わないことです。
とし子さんの歌とピアノと、気さくで真っ正直な人柄を愛し、歌うことでお役に立ちたい、子供たちに歌う喜びを伝えたい、という幅広い活動を支えて行きたいという思い出集まった仲間がとし子の会会員です。
会員は全国各地にいらして、とし子さんの心の支えになっています。地元の方は地元で、遠い地に方はその地で「頑張って!」と思ってくださるだけでとし子さんは励まされます。そしてあなたの近くでコンサートが開かれるときは、どうぞお聴きくださいますよう。
事務局はそれら「松倉とし子」に関する情報をお知らせし、ご希望があればチケットやCDをお送りするなどのお手伝いをいたします。
「とし子の会」にお入りくださる方は、専用の振込み用紙で年会費1000円をお送りいただきますと即、会員名簿に記載され、以後、会報や「とし子新聞」をお送りいたします。会費はそういう事務連絡費にあてるもので、他に規則や負担は何もありません。「松倉とし子の歌が好き」という方が増えてくださったら、とても嬉しいです。
全国の皆様にいつかお目にかかれるかもしれない、そんな期待を持ちながら、事務局のお手伝いをしております。
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